駆ける少年

昨日はなんだかよき日でした。
久々に西千葉駅で降り、懐かしい居酒屋へ行きました。
そして久々に会う友達。素敵な人達。

帰りのホームで、これまた懐かしい顔に会いました。
その人は今M2で、「今何してんのー?」みたいな会話をしました。
いやいや、ちょっとだけしか話さなかったけど
すっごい懐かしかった・・・・・
お互いスルーしないで気付けてよかった。なんだか嬉しかったー♪

学生に戻ったような気持ちでした。ふんわり温かい気持ちでした。

いつのまにか時間は流れていて、その時は気付けないけど
ひょっとしたら、いつ・どこで・誰と・何をして・何を話して・何かを感じて
記憶に刻まれていくことが、重要なのではないか。
後に残るのは、意外に単純なことだったり、何気ない誰かの一言や日常だったり
あほなことだったりするように。
でも、後から気付いても、その時の感性はそのままで
もう遅かったりするのだけど・・・。鈍感な自分が悔やまれたりするのだけど。
だから、瞬間に生きているというか
もっと感覚を研ぎ澄ませていかないと、いろんなものを見落としていく気がする。

昔、鷺沢萌さんの『駆ける少年』という本を読み
とても印象に残っている一節がありました。

「怖くなかったのでは決してない。ただ、その怖さを抑圧してでもどこかへ行かなければ、自分自身を救えなかったというだけだ。
 行き着く先も知らず、いつ沈んでしまうかも判らぬ水の上の道。父は何に急かされていたのだろう。つきあげてくる寂しさだろうか。ならば自分は、今の自分は何に急かされているのだろう。」

私はなにをしたいのだろう。
普通に生活できるお金を稼いで、好きな音楽を聴いたりして
自分の大切な、好きな人達に囲まれていたい。
それらをつなぎとめるためには、魅力的な自分でなければならない。
でもそれって、単純そうに見えてかなり難しいことなのではないか・・・。

世の中、分からないことばかりだ。

いろいろと触発され、とりとめもなく考えることを書いてみました。
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by mellon-collie | 2006-04-25 21:56 | 思うこと